エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第8回】
第2話「ホログラフィック・ノイズ」3
前回のあらすじ
舞浜南高校一年のカミナギ・リョーコは映画監督志望。高校映画コンテストにむけて長編映画を撮影している。合宿二日目、舞浜にウミガメが来るという噂を確かめるため、カミナギたちは夜の海での撮影を始める。 ⇒ 第7回へ
映研の伝統だったらしい映画マラソンは二十分の短編から百五十分の長編まで、八本合計で十一時間。午後一時から休憩や夕食を挟みつつ、翌日の午前三時には終わる。
集会室は畳敷きで、スクリーンの前に適度に離れてみんな座っていた。眠くなれば布団もある。
初めにカノウが部長挨拶をすることになった。
「こういうの苦手なんだけどな。仕方ない。昔は一本見たら感想を言い合っていたらしい。今年はみんな初めてだし、そのへんは簡略化していこう。で、どういう順番に見るかだけど」
「それは私が」
アマネが手を挙げる。すぐにチホが見咎めて、
「なんであなたが。カノウ部長と副部長の私が決めるから」
「人間が決めたら不公平でしょう。私が作ったAIに任せて」
「そっちのほうが信用できない」
カノウが二人をなだめつつ、自分が決めると宣言した。
「たまには映研の部長らしいことをしようと思ってね。最初はカミナギくんが持ってきた映画だ。みんなが元気なうちに見てもらったほうがいいだろう。じゃあカミナギくん、作品の説明をして。みんな自分の持ってきた理由を軽く話してから上映しよう」
キョウやミズキが拍手をして、カミナギが渋々立ち上がる。
「そういうことは前もって言っておいてくださいよ。えっと、えっと、わたしが持ってきたのは古い恋愛映画です。といっても別に恋愛っぽい描写はなくて、セリフも少なめなんですけど、近づいたり離れたりする二人の感情が、ちょっとした仕草や映像で表現されている映画です。いま撮っている映画はそういう映画にしたくて、みんなにイメージを共有してもらえればと思います」
喋りながらカミナギはカノウに感謝していた。そうだった、イメージの共有のためにこの映画を持ってきたんだった。
映画が一本終わるごとに起きている部員は減っていき、映画マラソンを完走したのはカミナギとカノウだけとなった。
「ちょっと散歩しないか」
「はあ」
カミナギはカノウに誘われるがまま、サンダルを履いて外に出た。夜更かしは得意なほうだけど、八本連続で映画を見るとさすがに疲れてしまった。判断力が落ちている。こんな、カノウ先輩と二人で歩くなんて。
「朝から暑いね。まさにシリウスの日々だ」
「なんですか、それ」
「夏の明け方、東の空にシリウスが見えるんだ」
シリウスは一等星だ。カミナギは寝ぼけ眼をこすりながら水平線上を探してみるが、空はもう十分に明るくて、もう星は見えない。
「もう少し早い時間だったら見えるかもしれないね」
「先輩は色々知ってるんですね。映画にも詳しいし」
「オレはきみより長い時間を生きているからね」
カミナギは笑ってしまう。
「ヘンな言い方」
「確かに変な言い方だったな。時間がいくら経過しても、生きているとは限らない」
時折強く打ち寄せる波が二人の足元を過ぎていく。カミナギの浴衣の裾が濡れる。
「そろそろ戻ろうか」
「はい」
夫婦みたい。新婚旅行かな。
カミナギは半分眠りながらカノウの隣を歩いた。
全員が起きたのは昼過ぎだった。特にアマネは一日八時間は眠らないと動けなくなるという。
夜の撮影はとにかく光量が足りないから難しい。ムリに補正をかけても画面にノイズが出てしまって、映画には使えない。
「アマネ先輩、どうですか?」
「今夜は満月だし行けるよ」
アマネのドローン五機が照明機材を積んで飛び立った。
キョウとトミガイに上空五方向から光を当てて、月光に明るさを足すことで、自然な月明かりを表現するのだ。
「じゃあキョウちゃん、トミガイくん、こっちに歩いてきて」
トミガイは女装をして、キョウに寄り添う。
「キョウちゃん! 力入り過ぎ! もっと優しい顔! トミガイくんはその調子。目を伏せて。そうそう、憂いのある表情、完璧」
そのときトミガイがきゃあと叫んで海のほうへ跳んだ。
「どうしたの?」
「砂から何か出てきたんだよ!」
「なんだよトミガイ」
キョウがしゃがんで、トミガイが指差しているところを確認する。
「貝か何かだろ?」
と言った途端に、キョウもトミガイと同じように飛びのいた。
「カメだ。ウミガメが卵から孵ったんだ」
アマネがドローンに撮影させると、かなり広範囲で孵化が始まっていることがわかった。
「すごいすごい」
ミズキやトミガイは大はしゃぎだ。
キョウとアマネは海に帰っていく小さなカメを一匹一匹真剣に見ている。ウズハラは生き物が苦手なのか、おっかなびっくり、遠巻きに眺めていた。
チホは腕を組んで眺めていたが、ついに我慢できなくなったみたいに、突然ざっざっざと砂浜を歩いて、もぞもぞと動く子ガメの近くでしゃがみこんだ。
「触っちゃダメ!」
アマネが大声を出した。
チホは振り返らずに返事をする。
「何のこと?」
「甲羅はまだ柔らかいんですよ。自然に人間が介入したらダメでしょ」
「人間だって自然の一部でしょう。それに私は別に触る気なんてなかったんだけど」
「あたしが言わないと触ってたくせに」
「はあ?」
ようやくチホは振り返って、アマネに歩み寄る。アマネはファイティングポーズをとって迎え撃つ。
「はい、カットカット」
カミナギが二人のあいだに割って入る。
「チホ先輩。この子たち、シナリオに組み込めませんか?」
「監督が上手く撮れば、きっと良いシーンになる。すぐ考えるから待ってて」
チホはアマネを一瞥して歩き出した。
アマネはふっと息を吐いて腕を下ろす。
「アマネ先輩。この子たちのジャマにならないところでキョウちゃんたちを撮影したいんです」
「孵化した場所から、卵がある領域を予測する。ドローンの調整するから待ってて」
チホもアマネも非常に論理的で、話が合うんじゃないかとカミナギは思うのだけれど、二人の論理が微妙に、しかし重要なところで違うのかもしれない。
気づくと、カノウが一人離れたところに立っていた。
「カノウ先輩は見ないんですか?」
「オレはいいよ。どうせデータだからね。……これはイェルが作ったデータか。後で司令がうるさいだろうな」
「またわけわかんない冗談を。それあんまり面白くないですよ」
「ああ、まったく面白くない。冗談なら最低の出来だね」
撮影の帰り、ミズキが声をかけてきた。
「なんか話す時間なかったからさ」
「三日間ずっと何かしてたからね」
「楽しかったから良いんだけど」
「それなら良かったよ」
「ねえ」
「なに?」
ミズキがニタニタと笑いながら顔を寄せてくる。
「ソゴルとカノウ先輩、どっちが好きなの?」
「ちょっ! なに言ってるの? 二人ともそんなんじゃないし!」
「二人、似てるようで全然似てないよね。リョーコの趣味がわかんないな」
「だから違うから!」
カミナギは前を歩く二人を確認する。キョウはトミガイとアマネに手を取られて困っているようだった。チホはウズハラと並んで、カノウは一人で歩いている。
夏の夜風が全員をやわらかく撫でていく。
著者:高島雄哉
次回11月24日(木)更新予定
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