エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第9回】

第2話「ホログラフィック・ノイズ」4

前回のあらすじ
舞浜南高校一年のカミナギ・リョーコは映画監督志望。高校映画コンテストにむけて長編映画を撮影している。三泊四日の合宿も最終日。カミナギは映研の副部長チホに再び脚本を依頼することに。 ⇒ 第8回へ

 カミナギは遠くからの音で目を覚ました。初めは夢のなかの音楽のようだった。でも耳をすませると確かにかすかに聞こえる。
 カーテンの向こうは薄暗い。まだ六時前だ。
 物音を立てないように体を起こした。隣を見ると、ミズキは深く眠っている。
 カミナギは立ち上がり、アマネが蹴っ飛ばした布団をかけなおしてから外に出た。あれ? チホ先輩がいなかった?
 スリッパを履いて、消灯中で暗い廊下を歩いて行く。右手の窓からは玄関や駐車場が見える。左手に食堂や事務所があるが、当然まだ誰もいない。
 音は集会室の奥から響いているようだった。
 つきあたりのスライドドアを開けると、音は鮮明になった。
 窓から室内を見ると、様々な楽器が置かれている。カーテンが開いてあって、室内には朝のやわらかな光が差し込んでいる。
 その光のなかにピアノがあって、その前に座った弾き手は見事な腕前だった。
 美しい曲だ。カミナギはこの曲をよく知っていた。もう何度も聴いているからだ。
 弾き手はその曲を弾き終えると、肩を何度か上下させた後、別の曲を弾き始めた。
 まだ弾きこなせていないのか、曲はすぐに止まってしまう。彼は繰り返し同じところを弾き直した。
 いや、違う。音は少しずつ変わっていく。これは練習しているんじゃない。いま新しい曲を作ってるんだ。
 ピアノの前では、ウズハラが普段見せない必死の表情で作曲していた。
 カメラを持ってくれば良かった。でも勝手に撮ったら悪いかな、などと思っていると、突然腕を掴まれた。あと少しで悲鳴を上げるところだったが、なんとか声を飲み込んで横を見ると、

「チホ先輩?」

 静かに、とチホが口だけを動かして、誰もいない食堂へ連れて行く。カミナギを座らせて、ふたつのコップに麦茶を入れて持ってきてくれた。

「ありがとうございます」
「彼、昨日も一昨日もピアノを弾いていたんだよ。朝と自由時間に。……あの曲、知ってる?」
「あれはジュゼッペ・トルナトーレ監督の映画『ニュー・シネマ・パラダイス』のテーマ曲です。作曲はエンニオ・モリコーネ」
「くわしいね。私、音楽はさっぱりだから。でも、ウズハラくんが作曲をしていることは私でもわかった。……脚本、書くよ」

 カミナギは眠いのもあって、チホの話についていけない。

「昨日の夜はどさくさに紛れて、まんまと手伝わされたけどね。でも、面白かった」
「ごめんなさい! でも、えっと、面白かったから引き受けてくれるということですか? あの、先輩とウズハラ先輩って」
「なんでも恋愛に結び付けないように」

 チホは露骨にカミナギの言葉を遮った。

「私と彼は去年同じ映画の企画に参加してて、以来なんとなく話すようになっただけ。まあ確かに、彼が腐らずにやっているのに私は何をやっているんだろうと思わなくはない」
「その映画、完成しなかったんですよね」
「ええ。そして原因はフカヤさんだった」

 カミナギが質問しようとするのを察知して、チホは言葉を続けた。

「あの子の話はいいよ。思い出すだけで腹が立つから。早く脚本持ってきて」

 カミナギはチホに脚本を見せながら、これまでの撮影内容を話していった。

「地下か。私は見てないから断言はできないけど、洞窟とは違う見せ方はできるよ」
「だと良いんですけど」
「高校映画コンテストの応募作はどうしても自分の住んでいる地域が舞台になる。私たちだったら舞浜ね。せっかく海も都市部もあるんだから、両方見せたほうが画面も物語も華やかになる。地下と言っても明るかったんでしょう?」
「ですね。わかりました、洞窟のシーンは入れます」
「煉獄(れんごく)みたいな中間的な場面として使えるかもしれないし」
「煉獄って聞いたことはありますけど」
「天国には行けないけど、地獄に落ちるほどでもない人が行くところ。そこで罪を清めれば天国へ行ける」

 朝も十時を過ぎると徐々にみんな起きてきた。最後はアマネだ。深夜までネットで論文を読んでいたという。
 洞窟にはクジ引きで、キョウとトミガイ、アマネとチホ、ミズキとウズハラ、そしてカノウとカミナギがペアになって、入ることになった。洞窟入り口で借りられるLEDランタンが四つしかなかったためだ。
 ミズキとトミガイは喜んでいるが、アマネとチホはぶすっとしている。特にアマネは、自分で作ったクジ引きソフトだから、なおさらイライラしているようだった。
 六人を見送って、カミナギとカノウも歩き出した。しばらくは入り口からの明かりで、ランタンは必要なかった。

「合宿は成功だったね。撮影も順調だったみたいだし、ヒヤマ副部長も協力してくれそうだ」
「ええ。しかもウミガメまで」

 カノウは肩をすくめる。

「あれは偽物だよ。このまえの地下迷路と同じ、作られた幻だよ」

 無断撮影がクラシゲ先生にバレて、地下への扉は完全に閉鎖されてしまった。カノウはあの迷路がホログラムで、もはや存在しないというが、真偽を確かめることはできない。

「ちょっと考えればわかることさ。高校の地下に迷路があるはずもないし、千葉の外房ならいざしらず、東京湾の奥の奥の舞浜でウミガメが産卵するなんて」
「きっと迷い込んできたんですよ。少なくともホログラムっていうよりは説得力ありません?」

 カミナギの反論に、カノウはフッと笑う。

「きみの言うとおりだな。ソゴルくんにも文句を言われたばかりだ、この話は終わりにしよう」

 洞窟の奥は照明が少なく、ランタン一つでは心もとない。自然と歩みは遅くなった。カノウが段差をさっと上がり、上から手を差し出した。カミナギはほとんど躊躇せずに彼の手を握った。グッと引き上げられ、肩を抱きとめられた。心拍数が上がり過ぎて、思考がまとまらない。

 しかしカノウは軽やかに体を離して、しかし手は繋いだまま、洞窟の奥へと進んでいく。

「カミナギくんはまだ映画監督になりたい?」
「先輩、いじわる」
「そうかな」

 カノウに悪意がないことはわかった。だからカミナギは真面目に返事をする。

「なりたいです。映画を撮りたいから」
「カミナギくん、もし永遠に撮影できるとしたら? それでもずっと撮影するかな」
「変な条件ですね。でも……」

 カノウらしい問題設定だ。夏休み前、キョウは最後の一本だと思って撮ればいいと言った。カミナギはギリシア映画『永遠と一日』を思い出す。主人公は末期ガンの老詩人だ。妻に明日の時の長さを問う。妻は「永遠と一日」と答えるのだ。
 カノウ先輩とソゴル、どっちが好きなの?
 もう。ミズキってば。
 じっとカノウを見つめる。カノウは目を逸らさない。

「わたし、永遠なんて想像できないですけど、でも、できることなら永遠に映画を作り続けたい」
「オレにも永遠なんてわからないさ。とはいえ、永遠の向こう側にいるカミナギくんがカメラを持っていることを祈ってるよ」

 洞窟を抜けていく冷たい風が二人を撫でていく。
 カミナギは下唇を噛んだ。自分でも理解できない感情がこぼれてしまいそうだった。たぶん今はこれを映画にはできない。カノウ先輩には好感も嫌悪感もないまぜになっていて、キョウちゃんへの気持ちとはまるで違う。

「二人とも遅いぜ!」

 キョウが出口から呼んでいる。

「もうすぐ行くから待ってて!」

 洞窟の出口が明るく見えてきて、キョウのシルエットも大きくなってくる。

「永遠に撮るか。そんなに撮りたいものがあってうらやましいよ。これは皮肉でもなんでもないからね」
「先輩こそ何を撮りたいんですか? 時々カメラ回してる」
「少なくともウミガメのホログラムじゃない。オレはもっと手応えのあるものを撮りたいんだ。この計算された世界のなかで、本当に生きているものを」
「なんですか、それって」

 カノウはカミナギをまっすぐに見つめる。

「わからないけど、きっときみみたいな」

 カノウがすっと手を伸ばして、カミナギの頬に触れる。
 指先が触れていたのはほんの数秒だったが、カミナギにはもっとずっと長い時間のように感じられた。
 離れていくカノウの手をカミナギの手が追いかける。触れるか触れないかで、二人の手は離れた。

「じゃあ行こうか」
「はい」

 外は光に溢れていて、キョウは無邪気にトミガイと話していた。


著者:高島雄哉


次回12月1日(木)更新予定


← 第8回    第10回 →

〈作品ページ〉



©サンライズ・プロジェクトゼーガ
©サンライズ・プロジェクトゼーガADP