エンタングル:ガール 舞浜南高校映画研究部【第2回】
第1話「なぜカミナギは映画監督になれないのか」2
前回のあらすじ
どうすれば夏を撮ることができるのか。舞浜南高校一年のカミナギ・リョーコは映画監督志望。映研の先輩カノウ・トオルに企画を否定された彼女は、幼なじみのソゴル・キョウに励まされ、新たな映画のためにスタッフを集め始める。 ⇒ 第1回へ
舞浜南高校には広い地下倉庫があり、そこではかつて生徒が行方不明になったという。ただの噂だけどねとミズキは笑っていたが、新しい映画の要素を探していたカミナギにとっては、親友の話は大いなる導きのように感じられた。急いで自分の席に戻って、ノートを開き、新しい映画の企画書を書き始める。頭に浮かぶセリフも書き留めて、授業が始まっても手は止まらない。そう、主人公は恋人といっしょに世界の謎に近づいていくんだ。
授業をサボるのはあまりカミナギの好みではないが、映画が何よりも大切だということは譲れない。企画を考えなおしてカノウ先輩を見返さないと。映画監督になれないなんて言われて、黙っていられない。
あんな言葉、気にしなくていいことはわかっている。キョウちゃんが水泳で世界記録を出してやるなんて言えば、わたしだって深く考えず、そんなの無理だよと言ってしまうかもしれない。そしてきっとキョウちゃんは怒る。できるとかできないとか他の人に気軽に言ってほしくないから。
カミナギは気を取り直して、目の前の企画書に集中する。
高校映画コンテストは、上映時間もジャンルも自由だ。まずはジャンルから考えていく。
カミナギはほとんどすべての映画が好きだ。喜劇も悲劇も、アクションもホラーもSFも、芸術的な作品も気楽なポップコーンムービーも、どんなものでも見て、楽しむことができる。長過ぎるものや裸のシーンが多いものは少し苦手だけれど、それもまた映画で、大好きだ。
カミナギが尊敬する映画監督の一人、フェデリコ・フェリーニは「人生は祭だ。ともに生きよう」と言った。わたしは人生のことも世界のこともわかっていない。だったら人生や世界の秘密に近づいていく映画を撮ればいい。映画の主人公たちだって、常に何かを探し求めている。財宝だったり、真実の愛だったり。
じゃあ、わたしは何を探す?
チャイムが鳴り、五時間目の英語が始まった。予習はしてある。指名されても大丈夫。もともと英語は得意なほうだ。
カミナギは地下を想像する。高校の地下。水道や電気の設備があるんだろう。行ったことはない。三ヶ月前に舞浜南高校の一年生になったばかりで、地下にも屋上にも、そして二年や三年の校舎にもまだ足を踏み入れたことはない。
想像が膨らんでいって、やりたいことが増えていく。映画は総合芸術だ。一人きりで完成させる映画もあれば、千人以上が集まって完成しない映画もある。
まだ存在していない自分の映画の完成形をカミナギは想像する。これはどうもわたしだけでは手に負えそうもない。
スタッフをスカウトしないと。英語が終わってすぐ。
幸い、授業は早めに終わった。カミナギはミズキに声をかけて二年生の校舎に向かう。
「ごめんねミズキ。わたし行ったことなくて」
ミズキは全学年に知り合いがいる。彼女はスポーツ万能で、いつも運動部に助っ人を頼まれているのだ。
「気にしない気にしない。でもリョーコ、二年の誰に用事があるの」
「映研部員の二人。ウズハラ・シンスケ先輩とフカヤ・アマネ先輩。映画撮影で頼みたいことがあって。ミズキ、知ってる?」
「知ってるよ! どっちも超有名人じゃん。ウズハラ先輩は国際コンクールで入賞したこともある将来有望なピアニストで、しかもイケメン。アマネ先輩は世界科学オリンピックで金メダルを何度も獲得している天才理系少女。今年の秋にはアメリカの大学に進学するって」
「さすがミズキ。くわしいね」
「でも、二人ともどうして映研なんだろ」
「そんなこと、わたしに聞かれても」
「だね。じゃあ、まずはイケメンに会いに行こうか」
「ミズキってカッコいい人がいいの?」
「イケメンだったら誰でもいいわけじゃないけどね。リョーコもそうでしょ? って、ああ、リョーコはあのソゴルがいいんだった」
「あの、って何よ。それにキョウちゃんは幼馴染だって!」
「はいはい。ほら、ここがウズハラ先輩の教室。あ、あの人だよ」
教室には多くの男子学生がいたが、誰がウズハラなのかは一瞬でわかった。大人びた、端正な顔立ちだ。窓際の席に座っている。長い手足で、座っていても背が高いのがわかる。
舞浜南高校は自由な校風だ。生徒と教師は気さくに話すし、上級生と下級生の風通しもいい。一年のカミナギたちが二年の教室に入っていっても誰も気にしない。
「失礼します。ウズハラ先輩ですよね」
おもむろにウズハラは顔を上げる。カミナギはちょっと待ったが、彼は黙ったままだ。無愛想というより完璧な無表情で、何を考えているのか読み取れない。
「突然すみません。わたし映研一年のカミナギ・リョーコです。彼女は友達のタチバナ・ミズキです」
「そう。映研の……カミナギさん。良い声だ。さらさらとなめらかに響く」
ミズキがカミナギの後ろから笑顔を見せる。
「わたしは演劇部なんですけど、ウズハラさんのファンで」
「はあ。どうも」
ウズハラは二人に興味を失ったように、手元の楽譜に視線を戻した。
カミナギは彼に顔を寄せる。
「実はウズハラ先輩にお願いがあって来たんです」
「お願い?」
ウズハラが楽譜をめくりながらつぶやく。
「ええ。お願いです。わたし、今度映画を撮るんです。高校映画コンテスト用に。それで、先輩に劇中曲を作ってほしくて。先輩の作品、部室にあったものを聴いて、すごく素敵でした。お願いできますか?」
しばしの沈黙の後、ウズハラが口を開いた。
「あの曲は去年のコンテスト用に作ったんだ。僕はきちんと期日通りに全曲作ったんだけど、映画のほうが完成しなくて」
「今年はちゃんと作ります!」
「ああ、そう。……映画の長さと〆切は?」
「映画は長編です。一時間半から二時間くらいで考えています。〆切は、八月三十一日に作品提出したいので、その一週間前にはいただきたいと思います。お願いする曲数はなるべく早く決めます」
カミナギは話しているうちに、自分がほとんど何も準備していないことに気づく。こんなんじゃ誰も引き受けてくれない。思わずためいきをつきそうになったが、
「何曲でもいいよ。それより映画のイメージを教えてほしいな」
「あの、引き受けていただけるということですか」
「……引き受けないなら、映画の長さなんて聞かない」
あまりにもあっさりとしていて、カミナギは拍子抜けしてしまった。
ウズハラはカミナギと視線を合わせる。涼しげな目だ。しかし先ほどに比べれば確実にカミナギの話に興味をもってくれているのがわかる。
「僕は作曲するだけで満足なんだ。結果として映画ができなくてもね」
カミナギは引っかかるものを感じたけれど、せっかく引き受けてくれた先輩に文句を言うわけにもいかない。こっちがちゃんと映画を作ればいいのだ。
メールアドレスを交換していると六時間目のチャイムが鳴り、カミナギとミズキは慌てて廊下を走って一年の校舎に戻った。
「ミズキありがと。ごめんね、わたしだけ話し込んじゃって」
「いいよ。タイプじゃなかったし。引き受けてくれて良かったね」
「うん。上手くいきすぎかも」
放課後、ミズキは演劇部の練習があるということで、カミナギは一人でもう一人の映研の先輩に会いに行くことにした。二年の教室の入り口に立っていた女子に声をかける。
「あの、フカヤ先輩は」
「アマネなら実験室だと思うよ。昨日と色が違うけど、まあ見ればわかるから」
カミナギは礼を言って本校舎の一階に向かった。色が違う?
階段を下りながらカメラの録画ボタンを押した。これは中学生からのカミナギの癖みたいなものだ。どんなときにもカメラを回しておく。極々稀にだが、偶然に面白い画が撮れることもある。
舞浜南高校、略して舞南(まいなん)は、理科教育に熱心で、実験室は三つもある。授業でも、実験の時間は多い。
この前はモンキーハンティングという物理実験だった。木のうえの猿に向かって銃を撃つ。もちろん模型だ。銃声に驚いて猿は手を離して自由落下する。猿に向けて撃たれた銃弾も重力に引かれるから、飛びながら徐々に落ちていって、ぴったり猿に当たるというものだ。
一番手前の実験室には誰もいなかった。実験室は準備室を挟んで繋がり合っている。カミナギは廊下には出ず、黒板の隣のドアを開けて、隣の準備室に入っていった。
著者:高島雄哉
次回10月13日(木)更新予定
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